Tuesday, September 22, 2015

日本人が学ぶべきだった事

キリスト教は支配のための論理を準備したものだったのです。何故なら、天地創造の根拠を架空の神を設定し、最初に作ったと云う人間が罪を冒した為に人類全体が原罪を背負っていると架空の罪を作り上げ、さて、人を罪人としてバラして国家や支配者が支配し易い様に個人に分断して忠誠を引き出し易い病理に仕組んだのでした。更に悪質だったのは人間の能力を過小評価しかしないのです。人は生きるためにあらゆる能力を発揮して逞しく生きる事に希望をもつ者です。その様な能力を賞賛する事がトーラーを携えて来た民族の宗教の真髄なのですが、キリスト教はそれを捻じ曲げてしまった事は返す返すもトンデモナイ観念を振り撒いてしまった事か!それも福音と称して全世界に!加えてキリスト教は観念の転倒を起こしています。神を全ての根源とした為、全ては用意された概念として設定した為、全ての概念はアプリオリであると考えられている事です。旧約聖書=トーラーでは、神は人間に世界の創造の役割りを譲り渡している設定で語られているのです。トーラーには人間の自由さが極当たり前のものとして語られているのです。/……

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